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「マーケティング」から「共に創る」へ by トーマス・コルスター | NECSUS GREEN FILE

「マーケティング」から「共に創る」へ by トーマス・コルスター

サステナ経営の伝道師 トーマス・コルスターによる好評コラムです。 人々に「マーケティングする」から「ともに創る」へ 私が『Goodvertising』(Thames & Hudson、2012年)を書いた頃、ソーシャルメディアはまだ黎明期であった。私は非常に楽観的であった。あるいは、少しナイーブであったのかもしれない。当時、初めて市民が公の場で声を持つようになったのである。 一つのツイートがCEOに疑問を投げかけることもできる。 Facebookのグループが多国籍企業に圧力をかけることもできる。 私は、いわゆる「ソファ・アクティビスト(couch activist)」――家にいながら企業の不誠実な行動を指摘する市民――が、ブランドを正直に保つ時代が到来するのではないかと考えていた。一つ一つの投稿が企業行動を監視する時代である。 しかし興味深いことが起きた。ブランドのほうが人々よりも速く適応したのである。確かに人々は声を上げる手段を得た。しかし企業との力の不均衡そのものは、ほとんど変わらなかった。情報の「ノイズ」は増えたが、必ずしも説明責任が強化されたわけではなかった。 ブランドの物語から「集合的な物語」へ 現在、私たちはまったく異なる転換点に立っている。 生成AIは、一般の人々――ここでは「市民」と呼ぶ――に、これまでにない規模の分析力・創造力・組織力を与えている。 市民は企業のサステナビリティレポートを数秒で分析できる。 競合企業の主張と比較することも可能である。 企業が制作した華やかなブランド映像がメディア露出のピークを迎える前に、それに対抗するキャンペーンを生成し、コミュニティを動員することさえできる。 それも情熱と創造性、そして圧倒的なスピードをもってである。 これは単なる「怒りの増幅」ではない。 集合的なナラティブ(物語)の主導権が市民側へ移りつつあるということである。 そしてそれは、ブランドのルールそのものを変える。 ターゲティングから、人々を「運転席」に 長年、ブランドはナラティブの主導権に依存してきた。 企業はしばしば、私が「ヒーロートラップ」と呼ぶ状態に陥る。 すなわちブランド自身を「変革の主人公」として位置づける傾向である。 企業はこう語る。 「私たちはムーブメントを牽引している」 「私たちは地球を救っている」 「私たちはコミュニティをエンパワーしている」 確かに印象的な表現である。 しかしそこではブランドが物語の中心に置かれている。 人々は拍手することを求められ、場合によっては商品を購入することも求められる。 しかしそれ以上の役割を与えられることは稀であった。 今日の環境において必要なのは、「人をターゲットにする」マーケティングから「人の参加を可能にする」仕組みへの創造的リセットである。 私はこれを「トランスフォーマティブ・プラットフォーム(Transformative Platform)」と呼んでいる。 これはゲームに似ている。 ルールは存在する。 方向性も存在する。 しかし魔法はルールブックから生まれるのではない。 プレイヤーから生まれるのである。 人々の選択から。 創造性から。 試行錯誤から。 そして人々が与えられた空間を思いがけない方法で使うことからである。 参加型ブランドの例 たとえばアウトドアブランド REI の「#OptOutside」イニシアティブである。 ブラックフライデーに店舗を閉め、人々に買い物ではなく自然を楽しむことを促した。 これは単なるキャンペーンではない。 「私たちの価値観を称賛してほしい」と言ったのではなく、「あなたも参加してほしい」と呼びかけたのである。 また American Express の「Small Business Saturday」も同様である。 これはクレジットカード機能を宣伝するものではなかった。 地域の起業家に消費を向けるコミュニティのための継続的な機会を創り出したのである。 これらの事例には共通点がある。 それはメッセージ主導ではなく、参加主導であること。 ブランドが物語を支配しようとするのではなく、人々がその物語に入る条件を設計しているのである。 テクノロジーの時代こそ、人間中心へ テクノロジーが強力になるほど、 ブランドはより人間的である必要がある。 それは柔らかくなることでも感傷的になることでもない。 真に人間中心であることである。 ブランドは主役の座を手放し、その代わりに人々の成長を支えるインフラを設計する必要がある。 健康、コミュニティ、能力、社会への貢献、、、こうした領域で、個人の成長を可能にする仕組みである。 AIは今後も集合的行動のコストを下げ続ける。 従業員、顧客、市民は、企業を分析し、比較し、動員するツールを手にする。 かつて企業側に有利であった情報の非対称性は急速に崩れている。 その代わりに新たな期待が生まれている。 もし私をあなたのブランドの物語に招き入れるのであれば、その物語の中で行動できる力も与えるべきである。 これから成功するブランド これから成功するブランドは、最も大きな「パーパス」を語るブランドではない。 成功するのは変革のための信頼できるプラットフォームを構築するブランドである。 そこでは商業的成功と人間の進歩が互いに強化し合う。 15年前、私は人々がツイートで企業に声を返す時代を想像していた。 しかし今日、人々はプロフェッショナルなマーケティング機能を手元に持った状態で声を上げる。 もはや問題は、ブランドが挑戦されるかどうかではない。 唯一持続可能な立場は、人々が前進することを支えることである。 トランスフォーマティブ・プラットフォームを構築する8つの特徴 Transformative 明確で共有された変革目標を設定する Guided 方向性やガイドラインを示す Motivational 行動を促す設計にする Creative 創造性の余地を残す Replicable 再現可能な仕組みにする Common 誰にでも開かれたものにする Accessible ツールや仕組みを容易に利用できるようにする Relevant ブランドの価値と関連付ける

グリーン・ハッシングの本当のコスト ― 効果測定データが明らかにするもの ― by トーマス・コルスター | NECSUS GREEN FILE

グリーン・ハッシングの本当のコスト ― 効果測定データが明らかにするもの ― by トーマス・コルスター

サステナ経営の伝道師 トーマス・コルスターによる好評コラムです。 2026年、サステナビリティがうまく機能していない理由は、企業が行動していないからではない。 あまりにも多くの企業が「語ること」をやめてしまったからである。 取締役会では、どこも同じ論理が共有されている。 「やるべきことは静かにやろう。発言すれば反発を招く」。 米国では、サステナビリティや多様性に言及しただけで、大統領から「ウォーク(意識高い系)」と名指しで批判されることすらある。 何も言わなければ、標的になることは避けられる。 この現象には名前がある。 グリーン・ハッシング(Green Hushing)だ。 だが、経営者の多くがあえて向き合おうとしない、不都合な問いがある。 沈黙は、実際にはどれほどのコストを生んでいるのか。 この問いに答えるため、私たちは最新の効果測定データを見ていく必要がある。 分析対象は2025年に評価された取り組みで、その多くは2024年に企画・実行されたキャンペーンだ。 確かにタイムラグはある。だが、その距離があるからこそ、恐怖や政治的ノイズが取り払われ、より有益なもの――パターン――が見えてくる。 そして、2024年のパターンは明確だった。 サステナビリティが後退すると予測されていたにもかかわらず、2024年は、サステナビリティを軸にしたブランド活動が、過去最高の効果を上げた年となった。 企業が沈黙すると見られていたその年に、明確で信頼性のある形で発信したブランドほど、高い成果を上げていたのである。 グリーン・ハッシングは「慎重さ」として語られがちだ。 しかし実際には、それは戦略的な選択であり、しかも中立的な選択ではない。 データが示すのはこうだ。 サステナビリティをブランドストーリーの中心に据えた企業は、不利益を被るどころか、話題を避けた企業を上回る成果を出していた。 最大のリスクは、批判や監視ではない。距離を置いてしまうこと(irrelevance)である。 価値観を軸にしたコミュニケーションから退いたブランドは、消えるわけではない。「どれでも同じ存在」になる。 選択肢が溢れる市場において、それは反発よりもはるかに大きな脅威だ。 効果を生むサステナビリティとは何か 二つの重要な示唆が浮かび上がる。 第一に、社会的サステナビリティは、環境メッセージ単独よりも高い効果を示した。尊厳、包摂、ウェルビーイング、自信、公正さといったテーマに焦点を当てたキャンペーンは、環境課題のみを扱うものよりも頻繁に見られ、かつ効果的だった。 これは気候変動対策を否定するものではない。 人々はまず「自分の生きた経験」を通じてサステナビリティと向き合う、という事実を思い出させるものだ。 抽象的な問題は行動を変えにくい。人の物語こそが、人を動かす。 第二に、短期的なアピールよりも、長期的なコミットメントが効果を生む。 最も成果を上げた取り組みは、場当たり的なキャンペーンや単発の声明ではなかった。数年、時には数十年にわたって同じテーマに向き合い続けてきた活動だった。 同じ課題に継続して取り組むことで、ブランドは信頼、感情的なつながり、そして累積的なインパクトを築いていった。 サステナビリティは、戦略に組み込まれたときに機能する。 都合のよいときに後付けされるものではない。 なぜこれが2026年に重要なのか 今日のサステナビリティを巡る議論は、「恐れ」によって形づくられている。 規制への恐れ、訴訟への恐れ、誤解されることへの恐れ、政治的な争点にされることへの恐れ。 だが、恐れは最悪の戦略である。 データが示しているのは、サステナビリティについて語るのをやめても、信頼は守られないという事実だ。むしろ、静かに侵食されていく。 関連性(レレバンス)は、沈黙ではなく、明確さと一貫性によって築かれる。 長期的思考を誇る文化や組織にとって、これは特に重要だ。 人を中心に据えた、忍耐強いサステナビリティの取り組みは、効果と強く結びついている――ただし、それが可視化されている場合に限る。 良いことをして、何も語らない。 それは美徳に見えるかもしれない。 だが、価値を生むことはほとんどない。 サステナビリティ担当者が直視すべき、三つの厳しい真実 1. グリーン・ハッシングにはコストがある 沈黙は短期的な不快感を避けるかもしれないが、差別化と長期的なブランド力を弱める。データは明確だ。慎重さよりも明瞭さが成果を生む。 2. 問題よりも、人が先にある サステナビリティは、人間の尊厳や日常生活に語りかけたときに共鳴する。 専門用語や遠い目標の背後に隠れたときではない。 3. コミットメントそのものがメッセージである 信頼は、完璧に言葉を選んだ声明ではなく、時間をかけた一貫性によって築かれる。継続は、本気度の証だ。 最後に 2024年から得られる教訓は、過去の話ではない。未来を予測するものだ。 サステナビリティが静まり返ると予想された年に、効果は「沈黙を拒んだブランド」に報酬を与えた。 グリーン・ハッシングは自己防衛のように感じられるかもしれない。 しかし実際には、それは関連性からの静かな撤退である。 社会への貢献によってブランドが評価される時代において、 もはや最も危険なのは「間違ったことを言う」ことではないのかもしれない。 何も言わないことこそが、最大のリスクになりつつある。

COP30で緊急提言! -分断は、立て直せるのか- by Thomas Kolster | NECSUS GREEN FILE

COP30で緊急提言! -分断は、立て直せるのか- by Thomas Kolster

  COP30(2025年11月10日から21日までブラジルのベレンで開催の「国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(Conference of the Parties 30)」)を受け、NECSUS Green Fileで好評のサステナビジネス伝道師トーマス・コルスター氏のコラム緊急提言です。   気候運動はなぜ停滞したのか ― そしてどう立て直すのか   “道徳的優越”が招いた分断   私たちは地球を救おうとした。だが、結果的に世界を分断してしまった。 ブラジルでCOP30が開かれる今、かつての楽観は消えつつある。   「簡単なサステナビリティ」の時代は終わった。 企業は声を大きくするどころか、静かになっている。気候疲れは現実だ。予算は縮小し、成長は鈍化し、「サステナビリティ」という言葉の輝きも失われている。世界中の会議室で問いはこう変わった──     「何が正しいか?」から「リターンはあるのか?」へ。   それは冷笑ではなく、生存戦略だ。   今やサステナビリティは、倫理的な正しさだけでなく、測定可能な成果を示さなければならない。「良いことを掲げる時代」から「成果を出す良いことをする時代」へと変わりつつある。そしてこの転換には、私たちがなぜ大多数を巻き込めなかったのか──企業・社会・政治のすべてにおいて──正直に向き合う必要がある。   “純粋さ”が招いた失敗 長年、私たちは企業に「もっと速く、もっとグリーンに、もっと高く」と求めてきた。航空会社や自動車メーカーの仕事を拒否する“倫理的アライアンス”を作りながら、自分たちは平然と飛行機に乗っていた。   矛盾を抱えたまま企業に変革を迫っていたのだ。   家族をトルコ旅行に連れていくシングルマザーに「飛行機を諦めろ」と本気で言えるだろうか。航空券の値上げは富裕層ではなく、彼女のような人々を直撃する。   私たちは先頭に立って改革を進めようとしたが、しばしば 「非難」という形でリードしてしまった。   サステナビリティを“参加の連帯”ではなく、“純粋さの競争”に変えてしまった。 「十分に良い」は、いつも「不十分」とされた。 企業や人が理想に届かないと、私たちは声高に非難した。   だが、指さしは変革の燃料にはならない──むしろ凍らせる。   多くのブランドが静かに後退している。不完全な取り組みが炎上することを恐れ、第一歩すら踏み出せなくなっている。   市民レベルでも同じだ。 常に「もっとリサイクルしろ」「飛行機に乗るな」「消費するな」。   “常に不十分だ”という圧力。   大半の人も、企業も、自分を小さく感じさせる運動には参加しない。   広がってしまった分断 その結果、サステナビリティ文化は二つに割れた。   片方には、B Corp、活動家、熱心な信奉者たち。   もう片方には、傍観者のように見える“サイレントマジョリティ”──あるいは反発しはじめた人々。   炭鉱労働者や農家にとっては、サステナビリティは“エリートの議題”に見えてしまう。 彼らは土地とともに生き、私たちに食を届ける人々だ。 敵ではなく、むしろ同盟者であるべきではないか?   共感は、非難よりはるかに強い。   正義よりも“共感”が動かす 市場を本当に動かしている企業は、説教しない。   彼らはつながりを作る。   行動を決めるのは倫理ではなく、感情だと理解している。   朝食大手に挑むHollie’sは、「砂糖を減らそう」というシンプルで前向きな約束で市場を揺らしている。   オートミルクのOatlyは、植物ベースの選択を“犠牲”ではなく、文化的なウィンクにした。「簡単だよ、やってみよう」と。   これらのブランドが成功する理由は、 完璧だからではない。共感できるからだ。   善い行動を「気持ちよく」「お得に」感じさせている。 罪悪感で人を動かすのではなく、招き入れているのだ。   未来はそこにある。   説教ではなく、ストーリー。 道徳的優越ではなく、市場での関連性。   ビジネスは“価値”で動く 価値観は大事だ。だが、価値創造も同じくらい大事だ。 企業がサステナビリティへ投資するには、それが成長、ロイヤルティ、レジリエンスを生むと示さなければならない。   「パーパス」は後光ではなく、 商業的な力を証明する必要がある。   倫理だけでは、もはや企業を誘惑できない。 必要なのは、「良いことが良いビジネスになる」という確かな報酬だ。   証拠のないパーパスでは不十分。   責めるのではなく、伴走する では、ここからどこへ向かうべきか?   ✔ 純粋さではなく、参加を増やす。 進歩は大きなジャンプではなく、小さな一歩の積み重ねで生まれる。 「十分にグリーンじゃない」と嘲笑すれば、その第一歩すら止まる。 不完全でも前進を称えよう。   ✔ 非難ではなく、支援に変える。 企業を変えたいなら、罪悪感ではなく“エビデンス”で導くべきだ。 高みからの説教ではなく、実践的な解決策を。   ✔ もっと“人間的”に。 サステナビリティは生活とつながった時に力を持つ。 「より良い朝食」「きれいな空気」「安全な未来」── 人々が“自分ごと”として感じられるように。   正直さと包摂への呼びかけ COP30の議論に、世界はもう高尚な約束だけを求めていない。   必要なのは証拠だ。   結局、それは「より良い暮らし」についての話なのだから。 私たちは“いじめ”をやめ、“構築”を始めなければならない。 美しい言葉の影に隠れるのではなく、その商業的な根拠を示すべきだ。 知識があるのなら、他者を閉め出すためではなく、持ち上げるために使うべきだ。   サステナビリティは“道徳的に優れている”ことで勝つのではない。 商業的にも、文化的にも、人間的にも、“魅力的”であることで勝つのだ。

ーまだ「サステナビリティは流行」だと思っている?ー by Thomas Kolster | NECSUS GREEN FILE

ーまだ「サステナビリティは流行」だと思っている?ー by Thomas Kolster

サステナビリティは、オーツミルクやフィジェットスピナー*のように、一過性のブームなのだろうか。 もし2025年にも同じ問いを投げかけているとしたら、すでに時代の文脈を見誤っているかもしれない。 私はWARCと協働し、2014年から2024年までの10年間にわたる「WARC Effective 100」のデータを分析した。10年分のデータが、まったく違う物語を語っている。これは、世界中の広告賞の中でもっとも効果的と評価されたキャンペーンを指標化したものだ。 そのランキングを精査し、社会的あるいは環境的メッセージを含むキャンペーンを抽出したところ――結果は明快だった。 全体の約3分の1が、そうしたテーマを扱っていた。年ごとの割合は2015年の19%から、2021年の39%まで変動していたが、注目すべきはその「波」ではなく、「継続的な存在感」そのものだった。 「審査員が“いい話”に弱いだけでは?」 そう思う人もいるだろう。しかし10年にわたって持続的に評価されてきた事実は、より深い構造変化を示している。 これは気まぐれなマーケティングの潮流ではない。広告産業のDNAが、根本から書き換わりつつあるのだ。 サステナビリティ、多様性、インクルージョン。 それらはもはや“クリエイティブな飾り”ではない。ブランド戦略の中核を形づくる要素である。 化石燃料から再生可能エネルギーへの移行が世界規模で進むように、広告もまた独自の進化を遂げている。 かつては急進的に見えたDoveの「Real Beauty」やBenettonの挑発的な広告が、いまではメインストリームの象徴になっている。 感情は機能を超える――結果もそれを裏づける ブランド構築において、感情に訴えるキャンペーンが機能訴求型を凌駕する――これは昔から知られてきた真理だ。そしてWARCの分析をはじめ、業界のあらゆる調査がそれを繰り返し確認している。 今日、もっとも効果的な広告は、製品機能ではなく「価値・アイデンティティ・目的」を語るものだ。 たとえば、Alwaysの「#LikeAGirl」キャンペーン。 羽の形状や吸収力を説明する代わりに、文化的な侮蔑表現をエンパワーメントのメッセージに変えた。 それは単に商品を売るだけでなく、社会の会話を変え、人々の感情とつながった。 一方で、技術的な製品デモを思い出せるだろうか? どちらが記憶に残り、共有され、何年も後に語り継がれるだろう? これは「タイムマシン」で戻れる瞬間ではない 今回の分析結果は、まさに転換点で明らかになった。 世界中――特に内向きになりつつあるアメリカ――では、社会的・環境的な進歩を巻き戻そうとする動きが見られる。 だが、データは別の物語を語っている。 消費者の意識は後退していない。 人々は依然として、自分たちの生活を形づくる課題に対して「企業が先導すること」を期待しているのだ。 そして、その多くはサステナビリティそのものに関わる。 食料品の価格、エネルギー費、交通の脱炭素、水質。 企業が「2035年までにネットゼロ」といった曖昧で遠い未来を語っても、人々の心には届かない。 いま、目に見える形で行動するブランドこそが共感を得ている。 今月初め、英ガーディアン紙が「89%プロジェクト」を立ち上げた。 これは、世界の8~9割の人々が気候対策の強化を支持しているという調査結果を紹介するものだ。 つまり、これは一部の過激派の声ではなく、“多数派の意思”である。 WARCで評価されたSK-IIやDoveなどのブランドは、こうした社会意識と歩調を合わせるだけでなく、長期的なインパクトを生み出している。 長期思考が勝利する 政治の風向きがファッショントレンドより速く変わる時代に、 マーケターは“今っぽさ”を追いかけたくなるかもしれない。 だが、持続するブランド価値は「文化のポケモン狩り」では築けない。 一貫性、明快さ、そして勇気によってこそ培われる。 サステナビリティはギミックではない。 それは、もっとも効果的なブランドが未来を定義するためのレンズである。 ――これは流行ではない。本物の「持続力」そのものである。 *ボールベアリングを利用した玩具。ハンドスピナー。 次回もどうぞお楽しみに。

まだ“芽生え”の写真でサステナビリティを語ってる? ーそろそろ、ビジュアルをアップデートしようー by Thomas Kolster | NECSUS GREEN FILE

まだ“芽生え”の写真でサステナビリティを語ってる? ーそろそろ、ビジュアルをアップデートしようー by Thomas Kolster

もしサステナビリティがマッチングアプリのTinderにプロフィールを作るとしたら、そこに並ぶのはいつもの三点セットだろう。 風力発電のタービン、ホッキョクグマ、そして―もちろん―しっとりした手に包まれた小さな芽。 ……左にスワイプ。一択だ。 想像力はどこへ行った? よりよい世界を「思い描けない」まま、どうやってそれを「創り出す」ことができるだろうか。 この20年、私たちのサステナビリティのビジュアル表現は、悲劇的な破滅か、夢のような抽象表現に偏ってきた。 だが、そのどちらも、もはや人の心を動かせていない。 Getty Imagesの最新レポート『Sustainability at the Crossroads』は、この問題に真正面から取り組んでいる。 年間27億件の画像検索データ、25市場・10万人超の回答者、60名を超えるビジュアル専門家の知見を分析した結果、気候変動の「イメージ」がどのように進化し、どこで停滞しているのかが見えてきた。 2000年代初頭、環境を象徴するビジュアルといえば、煙突、油流出、融ける氷河といった“災厄の絵”が定番だった。 そして今――私たちは「手のひらの芽」に囚われている。 2025年のいま、誰もが「気候」を語りたがる一方で、「何を見せるか」については沈黙している。 見せ方が、未来の想像力を形づくる これは、ただのデザイン論ではない。 ヨーロッパでは74%の人が「実際の進展を感じられるビジュアル」を求めている。 それでも業界は、記号的なイメージに頼り続けている。 現実味のない物語に、人々はもう共感しない。 では、どうすればいいのか。 Gettyのレポートは、ビジュアルストーリーテリングを再構築するための5つの戦略を提示している。それは、現実の行動を促す新しい“見せ方”のヒントでもある。 完璧よりも、本物を。 人々が求めているのは「無傷の理想」ではなく「誠実な現実」だ。 傷や汚れ、葛藤を含めた“ありのまま”のビジュアルこそ信頼を生む。 進歩とともに、そこにある苦労も見せよう。 PRの完成形ではなく、“いま進行中の挑戦”を讃えるのだ。 不安だけでなく、希望を。 気候危機は深刻だ。だが、恐怖だけでは人は動かない。 研究でも、「危機感」と「実現可能な行動」を組み合わせた方がはるかに効果的だと示されている。不安をあおるより、解決への道を照らそう。課題と、それに立ち向かう姿を並べて見せよう。 テクノロジーの“グリーンな力”を伝える。 AIによるリサイクルや発電窓など、グリーンテックはすでに現実の産業を変えつつある。それなのに、その映像はどこか無機質で遠い。 テクノロジーを“人の手”の中に取り戻そう。 ソーラーパネルを設置する人、廃棄物を分別する人、エネルギーを節約する人―― その動きこそが未来を映す。 「持続可能」は、我慢の物語ではない。 人々は、“犠牲”よりも“実現可能な変化”に心を動かされる。 日常の延長にある行動―コンポスト、再利用、節電。 そんな身近な実践をリアルに描くことが鍵だ。 完璧な理想ではなく、「自分にもできる」と思える行動を見せよう。 サステナビリティを“組み込む”。 優れたブランドは、環境への取り組みを「付け足し」ではなく「基盤」として考える。製品設計から顧客体験まで、静かに一貫して流れる価値観として。 そのビジュアルは、派手でも誇張でもない。 自信と誠実さを湛えたトーンこそが、長期的な信頼を築く。 私たちは、物語ではなく「可能性」を見せているか? 画像は飾りではない。 それは、私たちの思考と感情、そして行動を形づくる。 だが今のサステナビリティ・ビジュアルは、恐怖か、あるいは使い古された象徴で人を麻痺させている。 いまこそ、新しいビジュアル言語を。 理想ではなく、現実を。 無機質なアイコンではなく、生きた人間を。 “伝える”だけでなく、“招き入れる”表現を。 次に、あなたが「光に包まれた芽」や「夕日に映える風車」の画像を投稿しようとしたとき、自問してみよう。 ―この一枚は、誰かを動かすだろうか? それとも、ただ流されていくだけか? もう比喩は十分だ。 今こそ、「変化の現実」を見せよう。

これが信頼を築くサステナ発信だ -社内広報戦略5つの方法- by Antti Isokangas | NECSUS GREEN FILE

これが信頼を築くサステナ発信だ -社内広報戦略5つの方法- by Antti Isokangas

多くの企業はすでに、サステナビリティ・コミュニケーションが単なる広報活動ではなく、経営戦略の一部であり、信頼を築き、企業の評価を形づくるものであることを理解している。 しかし、多くの企業が見落としていることがある。それは「社内の発信が働き方そのものを変える」という点である。 社員は最初にして最も重要な受け手である キャンペーンを展開し、報告書を出し、新たな取り組みを始める前に、自問すべきは「社員は理解しているか」である。 理解していれば、社員は企業の強力な応援団となり、質問に答え、リスクを見抜き、自分の言葉でストーリーを広げることができる。 理解していなければ、混乱、部門間の不一致、懐疑的な管理職、そして顧客にまで伝わる不信感を生む。 内から外への発信は必須である 強い社内コミュニケーションとは、社内報での小さな記事ではない。時間をかけて「どこへ向かうのか」「なぜ重要なのか」「自分の役割にどう関わるのか」を共有することである。 例えばデンマークの海運大手マースクは、環境移行を進めるにあたり「My Learning Academy」などの学習プラットフォームを通じ、継続的学習文化を社員に提供している。さらに、低炭素燃料を扱うための「Maritime Decarbonization Suite」など専門的研修を行い、社員が変化に対応できるよう支えている。 フィンランドのマリメッコは、素材や循環型の取り組みに関して社員を早い段階から議論に参加させ、デザイナー、調達担当、店舗スタッフをパイロットプログラムやワークショップに巻き込んでいる。誰もが自分の仕事と企業の長期的な環境目標とのつながりを理解している。 Sグループでは、日常業務そのものにサステナビリティを組み込み、食品廃棄削減や生物多様性への理解を全店舗や物流、接客にまで広げている。 サステナビリティは雇用ブランドの一部である 10年前、サステナビリティは採用において「あると良いもの」だった。しかし今では基準そのものであり、とくに若い世代にとって重要である。応募者は企業の気候や社会的責任への姿勢を「入社するか否か」の判断材料としている。 フィンランドのネステ(再生燃料大手)やアウトクンプ(低炭素ステンレス大手)は、採用活動においてサステナビリティを中心に据えている。彼らはエネルギーや鉄鋼の未来を形づくるうえで「移行」「課題」「社員一人ひとりの役割」を率直に語っている。サステナビリティは「事業の一部」ではなく「事業そのもの」である。 調査によれば、Z世代の就職希望者は環境責任、透明性、目的意識を最重要視している。この傾向は創造的職種やNGOに限らず、物流、技術、金融、生産部門にまで広がっている。 社員体験に裏付けられないサステナビリティ主張は、無意味どころか信頼を損なうリスクである。 メッセージは一様ではなく調整が必要である 社外向け発信を投資家、顧客、パートナーに応じて変えるように、社内発信も多様な社員に合わせる必要がある。価値観を変えるのではなく、役割に即した例や形式に翻訳するのである。 例えばフィンランドの食品大手ファッツェルは、パン職人や販売員といった現場社員に対して、食品廃棄や地域への影響、チーム単位の指標など、日常に直結するテーマを用いてサステナビリティを伝えている。 風力大手ヴェスタスでは、サステナビリティを生産や保守、開発にまで組み込み、役割ごとの指標や協働計画を通じて浸透させている。 また、調整とは「聞くこと」でもある。部門や地域によって信頼度や関心は異なる。相手を理解すればするほど、効果的に巻き込むことができる。 社員ネットワークの活用 効果的でありながら十分に活用されていない手段の一つが、社員によるリソースグループ(ERG)である。サステナビリティ分野では、社員が自発的に組織内で活動するネットワークが存在する。 フィンランドのコネ社では、社員主導のサステナビリティ・ネットワークが、グローバル目標を地域の行動へと落とし込んでいる。スウェーデンでは建設パートナーシップ、トゥルクでは物流包装の廃棄削減など、地域ごとに活動している。これらは企業のサステナビリティ部門や広報部門と連携し、社員の主体性と信頼を高めている。 北欧の他企業でも、正式なERGに限らず、横断的なプロジェクトチームや「サステナビリティ大使」プログラムとして機能している。社員主導の取り組みは、価値を部門横断的に広げ、責任を上層部だけでなく全社で共有することにつながる。こうしたグループは「内部の健全な圧力」としても働き、経営陣が見落とす視点を突きつけ、組織全体を正直に保つ役割を果たす。 社内コミュニケーションを強化する5つの方法 ・サステナビリティを事業そのものに結びつける。価値観だけでなく成長や効率、強靭性と関連づける。 ・役割に合わせた発信をする。購買担当と整備士は求める情報が異なる。 ・本物の声を使う。社員自身の語りやチーム単位の物語が信頼を築く。 ・一方通行ではなく対話に投資する。アンケートやワークショップで本音を理解する。 ・小さな成功を祝う。店舗やチーム単位の前進を評価することで勢いが生まれる。 文化こそが真のブランドである 情報があふれ、約束が疑われる時代において、信頼できる社内文化こそ最大の武器であり資産である。社員が使命を理解すれば、彼らは最も強力な発信者となる。 逆に社員が理解していなければ、どれほど立派なキャンペーンも意味をなさないのである。

嵐の中で揺るがない姿勢 -分断社会におけるサステナビリティ・コミュニケーション- by Antti Isokangas | NECSUS GREEN FILE

嵐の中で揺るがない姿勢 -分断社会におけるサステナビリティ・コミュニケーション- by Antti Isokangas

サステナビリティ・コミュニケーションの第一のルールが「信頼を築くこと」であるならば、第二のルールは「風が強まってもバランスを保つこと」である。 そして今日、その風は確実に強まっている。 気候は温暖化し、経済は冷え込み、社会は分断されつつある。エネルギー政策から植物性ミルクに至るまで、あらゆる事柄に文化的な対立の溝が走っている。この状況下では、企業が行うサステナビリティに関する穏やかな声明でさえ、過剰な反応を引き起こす可能性がある。 しかし、沈黙は選択肢ではない。 文化戦争の時代へようこそ 分断はもはや一部の現象ではない。気候変動対策、多様性、国際的責任への見方は、国々でアイデンティティの象徴となっている。単なる「意見の違い」ではなく、相手を否定しなければならない空気がある。 米国では、バドライト、ターゲット、パタゴニアのキャンペーンが強い反発や不買運動を招いた。問題は彼らが何をしたかではなく、「何を象徴している」と受け取られたかにあった。 こうした動きは米国に限られない。安定と高信頼で知られる北欧でも見られる。例えばオーツ麦飲料のオートリーは、植物性食品を推進しすぎて「急進的だ」と批判される一方、大手食品企業と提携したことで「価値を妥協した」と非難されるなど、両側から攻撃を受けている。 ノルウェーやスウェーデンでは電気自動車への優遇策が対立の焦点となり、必要な気候政策とみる人と、エリート向けの特権とみる人に分かれている。フィンランドでは、乳業大手ヴァリオが「カーボンニュートラル牛乳」を掲げたキャンペーンで反発を受けた。「炭素中立の牛」という言葉はすぐにネットミームとなり、意図したメッセージは広がる前に失われた。 圧力の下で:DEIが政治の標的になるとき 米国では近年、一部企業が政治的圧力を受け、多様性・公平性・包摂(DEI)の取り組みを縮小したり、表に出さなくなった。特に保守派の政策立案者や法的な挑戦が強まり、投資ファンドや大手小売業者までもが言葉を和らげ、活動を目立たなくしたのである。 目標が変わったのではなく、政治的コストが高まったからである。 この流れは大きく報道され、企業が「価値に基づく活動」から退くのではないかという懸念を生んだ。 しかし実際は、多くの企業がDEIを放棄してはいない。むしろ、才能の確保や革新性、長期的な持続性に不可欠と考え、取り組みを強めている企業も多い。 北欧では状況は異なるが、同じ教訓が当てはまる。世論は急に変化し、社会的期待が攻撃の道具にされることもある。しかし、サステナビリティや包摂から「論争を避けるために」退くことは、内外に誤ったメッセージを送ることになる。圧力が高まるときこそ、価値観に根ざし、一貫して語り、行動し続ける企業が強くなるのである。 ビジネスは中立ではない 「どちらの立場もとらない」として沈黙を守る企業もある。しかし、サステナビリティや平等について語ること自体が、すでに「未来は大切である」「証拠は重要である」「公平さは必要である」と立場を示しているのである。 中立を装って反応を避けようとすることは、たいていうまくいかない。人々は恐れを嗅ぎ分ける。そして恐れはブランドにとって大きな弱点である。 従業員は企業がどこに立つのかを知りたい。投資家は企業が何を重視しているのかを知りたい。沈黙は盾ではなく、空白である。 声を大きくするのではなく、明確に語ること サステナビリティ・コミュニケーションの目的は、ネット上の議論に勝つことではない。人々を行動に動かし、企業が「どのような未来をつくろうとしているか」を示すことである。 そのためには勇気と明確さ、そして少しの謙虚さが必要である。 フィンランドのエネルギー企業ヘレンは、石炭廃止を明確に打ち出しつつ、再生可能エネルギーへの移行の難しさも率直に語っている。ノルウェーのエクイノールもまた、化石燃料を守る論理から、移行の現実を正直に語る姿勢へと変化している。 嵐の中でバランスを保つためのヒント ・言いたいことを明確に述べること あいまいな表現は誰の心にも響かない。具体的な数字や事実を示すことが重要である。 ・複雑さを認めること サステナビリティはトレードオフに満ちている。その事実を正直に共有することが信頼を生む。 ・自らの声を知ること すべてにコメントする必要はないが、企業の戦略や価値に関わる課題には明確な立場を示すべきである。 ・反発に備えること 本気で取り組めば必ず反対も起こる。それは避けられない。重要なのは事前に準備し、一貫した立場を持つことである。 ・信頼は勇気から生まれる 分断はすぐには消えない。むしろ悪化する可能性すらある。 しかし、明確さと自信をもってこの嵐を乗り越える企業は、より強くなる。信頼は沈黙からではなく、目的を示し、嵐の中でも揺るがずに立つことから生まれるのである。

グリーンウォッシングからグリーントラストへ -サステナブル企業は「人の言葉」で語るべき理由- by Antti Isokangas | NECSUS GREEN FILE

グリーンウォッシングからグリーントラストへ -サステナブル企業は「人の言葉」で語るべき理由- by Antti Isokangas

サスビズ時代のあらゆるステークホルダーとのコミュニケーションで気を付けるべきことは何か?第一人者が世界の潮流から最適解を示します。 環境やサステナビリティを企業がどう語るか? 人々の目はかつてないほど厳しい。あいまいな約束や派手な宣伝に人々は疲れ、耳を貸さない。今や、サステナビリティの伝え方は、企業にとって最大の武器とも、最速の失敗要因ともなりうるのである。 信頼の欠如は政治だけの問題ではない 世界中で人々は政府やメディアへの信頼を失っている。一方、企業は社会で最も信頼される存在へとなりつつある。ただこれは、企業が急に「聖なる存在」となったからではない。他の選択肢が弱体化しているからである。人々は依然として企業の実行力を信じている。企業は「行動する」だけではなく、「社会の信頼を生む方法で伝える」責任を負っているのである。 調査によれば、人々は政府やメディアよりも「自らの勤務先」を信頼する傾向が強い。人々が求めているのは、本物らしさ、行動、そして希望である。だからこそグリーンウォッシングは、倫理やマーケティング上の問題にとどまらず、経営戦略としても重大な失敗を招く要因である。 コミュニケーションはサステナビリティそのものである サステナビリティの発信は付け足しではない。一枚のパンフレットでも、一度きりのキャンペーンでもなく、それ自体が社会に与える影響の中核なのである。信頼を構築し、期待を形づくり、組織文化を育て、行動を社会へと広げる力を持つ。 重要なのは「感心させること」ではなく、「理解されること」である。過度な演出や巧妙さを狙うと、人々は離れ、あるいは批判するのである。 グリーンウォッシングからグリーンハッシングへ グリーンウォッシング(環境配慮を誇張すること)は広く知られている。しかし近年は、グリーンハッシングという新たな問題が広がっている。これは、企業が実際に持続可能な取り組みを行っていても、「批判されることを恐れて語らない」現象である。 その結果、信頼の空白が生じ、声だけ大きい表面的な企業が注目を集め、本来リーダーであるべき企業が沈黙してしまうのである。沈黙は中立ではなく、責任放棄である。 企業がなすべきこと では、企業はどのように行動すべきか。優れた実践から導かれる原則は以下の通りである。 【戦術ではなく真実から語る】 小さな取り組みであっても正直に伝える。ごまかしや誇張よりも誠実さが信頼をもたらす。 【約束ではなく成果を示す】 「2050年にカーボンニュートラル」といった未来目標だけでなく、「今期どのような成果を上げたか」を示す必要がある。意図より証拠、野心より実績である。 【人間の言葉で語る】 専門用語に満ちた表現ではなく、人々が日常で理解できる言葉を使う。ユーモアや謙虚さ、正直さの方がはるかに届きやすい。 【不完全さを認める】 すべてを解決したかのように装うよりも、試行錯誤や課題を共有する方が信頼を得られる。 【地域に根ざし、世界につなげる】 環境問題は地球規模だが、信頼は地域から築かれる。排出削減を語る際には、その成果が地域の生活にどう影響しているかを具体的に示すべきである。 結論 人々は不安や迷いを抱えているが、必ずしも冷笑的ではない。多くの人々は「変化は可能だ」と信じたいのである。 企業がサステナビリティを誠実に伝えれば、単に信頼を得るだけでなく、社会全体の自信を取り戻すことに貢献できる。 完璧である必要はない。しかし、自社が「何を大切にし、何を守るのか」を明確にし、誠実に発信することが不可欠である。静かだが確かなコミュニケーションの力は、単なる戦略ではなく、リーダーシップそのものである。 環境やサステナビリティを企業がどう語るか?人々の目はかつてないほど厳しい。あいまいな約束や派手な宣伝に人々は疲れ、耳を貸さない。今や、サステナビリティの伝え方は、企業にとって最大の武器とも、最速の失敗要因ともなりうるのである。

今、サステナ人材に問われる「感じる力」by Thomas Kolster | NECSUS GREEN FILE

今、サステナ人材に問われる「感じる力」by Thomas Kolster

*6月にフランス・カンヌで開催された世界最大規模の広告とコミュニケーションの祭典「カンヌ・ライオンズ」で講演した同氏の寄稿です。 サステナ停滞は創造力で打ち破れ! -カンヌライオンズが教えてくれたこと- 今、サステナビリティには問題がある。それは「感情的に枯渇してしまっている」ことだ。多くのコミュニケーションは誠実ではあるが、生命力に欠けている――技術的には正確でも、平板なのだ。理解が足りないのではない。感じる力が足りないのだ。 今年のカンヌライオンズで、私は「感情」こそが欠けている重要な要素だと再認識した。世界最大の広告クリエイティビティの祭典は、感情をリセットする絶好の機会にもなった――すべてが手に余るように感じられる中で、私たちが本当に大切にすべきことと再びつながらせてくれたのだ。 そして、カンヌといえば華やかさで知られているが、同時に非常に真剣な競争の場でもある。93か国から26,900件のエントリーが集まり、34のグランプリが授与された。そのうち22作品がサステナビリティを中心に据えたものだった。これは偶然ではない。サステナビリティが、創造性と人間性を伴って語られたとき、人々の心を動かし、成果を生み出すという証なのだ。 笑いから課題解決へ 今年のキャンペーンの中には、実に笑えるものもあった。例えば、ニュージーランドのヘルペス財団による「世界で最もヘルペスを持つのに最適な場所」という作品。タブー視されがちなテーマを巧妙かつコミカルに切り取りつつ、スティグマの払拭に真剣に取り組んだ好例だ。 一方で、社会問題に真正面から取り組んだキャンペーンもあった。フランスのAXAによる「Three Words(3つの言葉)」という保険ポリシーの改定では、「家庭内暴力」という言葉を補償対象に加えることで、被害者への緊急支援や避難サービスの提供を可能にした。また、ブラジルの大手化粧品メーカーNaturaは、AIドローンを使ってアマゾンの樹木種をマッピングし、同地域最大規模の樹木インベントリを作成。地域住民はそのデータを活用して、持続可能な伐採を実践している。 そしてロレアルは、「Because I’m worth it(私はそれだけの価値がある)」という象徴的なコピーを再び取り上げた18分間のドキュメンタリーで、深い感情に訴える力を証明した。重みのあるメッセージには、人はしっかり耳を傾けるのだ。 語るだけでなく、行動も? 興味深いことに、気候変動への政治的反発(特に米国)を前にして、多くのブランドが沈黙している一方、カンヌではサステナビリティに関する議論が活発だった。業界は後退するどころか、むしろギアを上げていたのだ。 国連グローバル・コンパクトは「持続可能な成長のためのCMOブループリント」を新たに発表。フェスティバル自体も初となる「サステナビリティ・ハブ」を設置し、「Open House for Good」という取り組みを継続。これにより、重要な議論により広い参加を促し、多様な声を招き入れる姿勢を見せた。 しかし、楽観だけではなかった。 ロゼワインに浸されたリヴィエラでの現実チェック 活気に満ちた空気の裏では、不安の高まりがはっきりと感じられた。AIの台頭から気候変動の危機まで、壇上でも舞台裏でも会話は希望と不安の間を行き来していた。 Appleの副社長、トール・マイレン氏は「自動化時代における人間の創造力の価値」を強調したが、その言葉はやや現実とズレているようにも感じられた。テクノロジーはもはや「忍び寄って」いる段階ではない――すでにどっぷり浸かっているのだ。ビーチでのプロモーションからパネルの構成に至るまで、テックの存在感は圧倒的だった。そしてハリウッドのクリエイターたちが団結して立ち向かっているのとは対照的に、広告業界はどこに向かうかを問うことなく、ただ波に乗っているようにも見えた。 サステナビリティのループにとらわれた私たち ツールも、才能も、ソリューションも揃っている。それなのに、システムはどこか壊れているように感じられる。私たちは堂々巡りを続けている。グリーンウォッシングを論じながら、本質的な「行動しないこと」の問題を見過ごしているのだ。 現実には、多くの人が「サステナビリティの砂漠」の中に生きている。いわゆる「より良い選択肢」も、結局は化石燃料に大きく依存している。流通とメディアに権力が集中しているせいで、真に再生可能な解決策は一般にはなかなか届かない。 それでも、あらゆる分野に「より良い商品」は存在している。1.5℃以下に抑えるための解決策も、すでにある。なのに、なぜ私たちはそれらを拡大しないのか? 今こそ、舵を取るとき 広告は人が動かすビジネスだ。プラットフォームやフレームワークが変化を生むのではない。人が生み出すのだ。だからこそ、私たちはもはや傍観していてはならない。 この業界の未来――ひいては、私たちの「社会的な活動の正当性」を守るためにも、今こそ立ち上がるべきときだ。新たな「パーパスキャンペーン」ではなく、本物のリーダーシップで。 カンヌは、私たちに「可能性」を見せてくれた。次は、私たちがそのインスピレーションを「方向性」に変える番だ。 さあ、あなたは準備ができている?

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